ダウン症フォーラム in 京都 1997年

  京都で開催されたダウン症フォーラムで初めて「きょうだい」についての講演をしました。30歳までは兄や両親に背を向けて、障がいを持つ兄についても無関 心を装っていましたが、英国であるF1レーサーが自分の子供(ダウン症)のために出していたチャリティブースでダウン症の社会認知が積極的に行われている ことを知り、とても驚きました。私が子供の頃の日本では、どちらかというと隠す傾向にあったからです。しかし、時代の移り変わりと共に、日本でもダウン症 の子供や若者を支援する活動があることを知るようになりました。その中に兄弟姉妹の存在が含まれていないこともわかったのです。自分と同じ立場のきょうだ いと繋がりたい、という想いはそこから生まれました。


ダウン症フォーラムin京都1997

1997年~1999年にかけて、京都、横浜、福井、埼玉、茨木で障がい児の親の会やイベントできょうだいの視点から障がい児との暮らしを考える講演活動を行っていました。当時は「兄弟姉妹」とインターネットで検索しても全く情報がありませんでした。いまでは多くの「きょうだいの集い」が全国で展開されるようになりました。当時の講演会での内容を抜粋してご紹介します。

 

障がい者のきょうだいの存在

みなさん、ご自分の「きょうだい」を思い浮かべてみてください。

「きょ うだい」とは、付かず離れずの関係で、年月とともに家族から離れてお互いに独立してゆきます。障害者のきょうだいも、生まれてすぐに、あるいは幼い時から 「障害者」を意識しているわけではないので、ごく普通の「きょうだい関係」なのですが、年齢を重ねるうちに、「障害者のきょうだい」であるがゆえに抱える 特殊な課題がでてくるのです。

それは、

・障害児・者のきょうだいは、いずれは親代わりとなる時がやってくる

・喧嘩をすることに罪悪感をもってしまうこともある

・家族離れをする時期に親から失望されたり過度の期待に苦しむ場合もある。

・障害を持つきょうだいの存在がどこかに常にあり、将来進む道を決める場合に悩む

・自分のすすみたい道を選ぶ場合、そこに家族との溝が生じる場合もある。

・自分だけ好きな事をしていることへの後ろめたさと同時に自分が好きな事をしたい欲求がある。

・障害者のきょうだいをもって、得たものと、失ったものがある。

・弱者へのおもいやり・やさしさ → 人の言動に敏感・傷つきやすい

・いい子であること・優等生である → 我慢する・親の愛情をもっと得たい

こ ういった感情は、きょうだい自身が幼い場合・年齢が若い場合にはあまり気がついていません。成人する過程で、少しずつ気がついていきます。過去を振り返り 「あんな時こうしてくれれば、こんな人がいてくれたなら・・こうしておけばよかった」と思い返す事が多いのです。なぜでしょうか?

それは、この隠れた感情に気がつく機会が無い、本人が自覚していないからと考えることができるでしょう。そこで、幼少期からの精神的・心理的サポートが今後必要であると思います。

 

きょうだいの感じ方の違い

同 じ「きょうだい」でも、ふたりきょうだいか、3人以上のきょうだいかによって感じ方が異なります。きょうだいが多ければ健常者同士で助け合える場合と、片 方だけが世話役になる場合があります。自分が兄・姉であれば、自然に面倒をみてあげようという気持ちになり、弟・妹であれば立場が逆転する(自分は弟なの に、まるで兄のようにふるまう)こともあります。

 

親ときょうだいの立場の違い

親は子供の療育が中心で、同じ立場の人同士で集まる場があります。
きょうだいは、自分自身の生活と障害者であるきょうだいの生活との間のギャップをどう埋めながら共存してゆけばいいのかということを考えなければならなく なります。しかし定期的に親の会のように集まったり福祉活動に時間を使うことができない人たちもいます。なぜなら、そこには学校生活・社会生活・恋愛・結 婚・自分が築く家庭など「個人の生活」があるからです。

 

家族としての共同体意識を高める必要性

こ れも私見ではありますが、父親不在の家庭ほど「きょうだい」に課せられる負担は増えているのではないだろうかと思うときがあります。父親が障害を受容しき れていないことも問題のひとつです。それによる夫婦仲の不和・崩壊、母親の孤立などが「きょうだい」に大きく影響してきます。母親は母性としての守り・保 護・やさしさを教え、父親は父性として、立ち向かう強さ・競争心・挑戦意欲などを教えてくれる存在であるのですが、この一方でも欠ければその「しわ寄せ」 が健常者のきょうだいに向かってくることになります。これは、障害者がいないごく普通の一般家庭でもいえることでしょう。難しいのは、障害者のきょうだい は特別な存在であると同時に、問題視されるほど特別ではないという常に矛盾した両面を有していることなのです。健常者の「きょうだい」の中でも、家庭環境 がうまくいっているケースはたくさんあり、父親との対話のある家庭ではこのような「しわ寄せ」が健常者の子供に向けられることもないようでうす。父親が障 害者に対して受容していなければ、母親の期待や不満をぶつける相手が健常者の子供にふりかかってくることになることが比較的に多いということがいえるで しょう。親の会や地域活動に参加する父親の存在は貴重なものです。しかし、そこに参加してこない父親たちに対する精神的なケアは一体誰がしてくれるので しょうか?

 

今後必要なアプローチ

幼少期の支援 : ケースワーカーやソーチャルワーカーの育成。専門的知識。
成人期の支援 : 「きょうだい支援の会」の成熟化、高齢化に向けた医療体制や情報収集。
幼少期の支援とは、具体的にはゲームなどを取り入れながら自然に障害について「きょうだい」たちが学ぶ場を提供してゆくこと、学校や親には言えない悩みな ども自然に話せる場を作る事です。これには心理学者や医師などの専門家の協力が必要になります。対して成人期の支援には、専門家の参加は講演を聞いたり情 報を得るにとどまる間接的なものにしておいたほうがいいでしょう。成人してからは研究対象とされることに不快感を感じることもしばしばあるからです。

 

困っていること

・仕事に追われ時間が充分にとれない、集中できない

・情報を集める時間が足りない

・親の高齢化に伴い、入院や病気が増える。→ 自分の時間が少なくなる。

・自己の健康管理が不安

 

こ のあと、分科会として母親・父親・きょうだいがそれぞれの部屋に分かれて2時間あまりの交流会を開くという大変貴重な時間を持つ事が出来ました。この企画 に際しては、ダウン症児親の会「すくすくの会」の橋本あゆみさんら、その他大勢の方々に感謝いたします。きょうだいの部屋では、小学生、高校生、社会人、 主婦と3世代にわたる広い交流をもてたことがとても嬉しいことでした。みな障害の種類は異なっていましたが次第にうちとけあい、きょうだいを思う気持ちが 共通していることを再認識しました。