ダウン症フォーラム in 横浜 1998年

 

ダウン症フォーラム in 横浜 1998 
横浜市大キャンパス内にて
講演内容 1998年11月29日(日)

 

 

 

健常者の「きょうだい」同士で集まる必要性
家族の中で、「健常者のきょうだい」は、もしかしたら今の社会が目標としている「ノーマライゼーション」の理念を潜在的に持っているのではないでしょうか?健常者の子供は、障害者である「きょうだい」とその「障害」を意識せずに幼いときから共に生きています。そして思春期には少し離れる時期もありますが、将来は障害者であるきょうだいの親代わりあるいは世話人になるという流れもあります。そこで、この微妙に変化する生活サイクルの中で、私たちは時に悩んだり、不安になります。そういうときに相談したり不安を解消するような「きょうだいの為の支援対策や集まる場所が必要なのではないかと考えるようになりました。

 

「健常者のきょうだいのための支援」とは?
ここでいう「健常者のきょうだい支援」とは、決して「健常者のきょうだい」が可哀相だからという発想からはじまったものではありません。私でいえば、兄の手助けや世話をする為に必要な情報を外部から得ることが必要になります。また、自分が抱えている不安や不満、くすぶっている感情を表に出して解消する場も必要になります。これからお話する「支援」とは、以上の二つの事柄をどのように効率的に提供してゆけるだろうかということから始まった発想であるのです。

 

具体的な施策について
まず、幼少時の子ども向け支援対策と、思春期および学生向け支援成人期の大人向け支援対策の三つの大きな分野に分けてかんがえてみましょう。なぜならば、年齢によって抱える問題や不安や不満、分かち合える出来事や楽しいことや興味がある事柄など、異なるからです。

子ども(幼少期)に対する支援
遊びやゲームを取り入れたオープンな場が必要。
日曜教室など定期的に小人数で集まる機会が必要。
専門家による心理的・精神的ケアを取り入れる。
これらは、米国のSibshopから得た知識です。

しかし日本人は個人主張しなれていないので、米国のプログラムをそのまま適用するのは難しいと思います。そこで専門家の手助けが必要になってくるでしょう。小児科の医師やケースワーカーなどの支援がえられるのかなど、厳しい展開も予想されます。綿密なプログラムが必要です
が対象が子どもなのでむずかしくならないものをつくらなければならないでしょう。

学生向け支援
友人関係・恋愛・進路・就職など、人生の転機であり、自分のことで精いっぱいの時期です。この時期にはかえって親が介入したり専門家のプログラムに従って野外活動に参加するということは
精神的にも時間的にも無理な状況であるでしょう。かれらに対してどのようなサポートが必要になるのかが今後の課題です。

大人(成人期)向け支援
幼い時に、支援対策がないまま自分ひとりで悩んでいたという記憶を持つ成人したきょうだいは多いのです。障害によっても様々ですし、きょうだいの構成(もう一人以上健常者のきょうだいがいるか、いないか)によってもそういう悩みを持つ者と持たない者がいます。また、介護や世話を必要とする場合には、自分の生活の中に常に「障害者であるきょうだい」の姿があることになります。ダウン症の場合だと介護や世話が必要な場合と、そうでない場合があり、どちらかというと介護はあまり必要がないケースが多いですし、程度によっては外に一緒に出かけられたり一緒に通学したりという経験もあるようです。だからといってダウン症のきょうだいがまったく不満を持っていないとは言い切れません。大人のきょうだい支援で子供のそれと異なる点は、専門家の介入の度合いです。年齢を重なる毎に、介護や将来親亡き後の生活の準備などの不安もでてきますので、ここでは、直接的な関与よりも専門家からひつよな情報を集めることに重きがおかれてくるでしょう。情報交換として講演を視聴したりアドバイスを伺うといった間接的な関わりが望ましいのではないでしょうか?

家族のあり方
家庭環境につての私見ですが、例えば父親が仕事ばかりで母親のみが育児に専念していると母親の不安や不満・過度の期待が健常者であるこどもに向けられる事も有り、程度の差こそあれ「健常者のきょうだい」にとってまた別の悩み(両親の不和や母親・父親からの洗脳など)が増えることにもつながります。ただし、全ての「健常者のきょうだいが悩みを持つとは断定しておりません。父親が障害者や障害そのものを受けいえれていない場合、何らかの形でカウンセリングなど誰かが彼等の精神的かつ心理的なサポートそしてゆくことも必要ではないかと考えています。

98年を振り返って ~ 個人的な出来事 ~
今年は個人的には全く時間がない一年でした。両親や私自身が入退院を繰り返しました。特に母親が入院した時には、あらためて兄の今までの生活を知らなかった自分に驚くとともに、10年という離れて暮してきている長い歳月に、考えることが多い一夏でした。また、この時もうひとり健常者のきょうだいがいれば・・と強く感じました。自分の仕事も忙しい中で家事や兄の生活管理・病院への見舞いや心理的な不安など、とてもひとりでは抱えきれないほどの、ショックと孤独感を切実に感じました。将来の兄の生活確保に関する情報を早く得なくてはという焦りさえ感じました。ここで、兄の将来について考えたときに、これまで自分が築いてきた生活リズムと兄の生活リズムに決定的なギャップやずれを感じ、どう埋めればいいのかなど、悩みは多くなっています。兄に成人病の症状が出始めている事や、両親が年老いて残りの人生に悲観的になっていることなども心配です。今後、「健常者のきょうだい支援」をしてゆく上で、まず大切なのは、さまざまな違い(年齢・障害の種類・きょうだいの人数などの構成・家庭環境)などを正確に捉えることだと思います。私の活動はあくまでも個人の活動であるためその全てを網羅することは不可能ですが、この「さまざまな違い」を明確にしてゆくことによって、それぞれの支援に対する協力者が出てくる事を今後は大いに期待したいと思います。実際に、北海道函館では、「きょうだい支援の会」が発足したそうです。メーリングリストの会員の2人が発起人として始めました。このように各地で「支援活動」がひろがってゆくことは嬉しく思っています。私が個人できる範囲の活動は「大人の健常者のきょうだい」に対する情報収集と出会いの場を提供することです。

 

まとめ
昨年に引き続き、今年もこのダウン症フォーラムに参加して思ったことがあります。それは、兄が産まれた当時は、母は医師はもちろん周囲から「~ができない、~までもたない」などの否定的な言葉ばかり受けてきました。ですから私は母から兄は「~ができない」と教えられてきました。しかし、実際には「できない」のではなくて、「教えなかった、やらせなかった、無理だと決め付けて挑戦さえしなかった」のかもしれません。母もまだ養護学校も就労先も無い時代で、その地盤を作る運動を何十年もしてきましたが、60歳代になるともうその力は残っていません。私は「きょうだい」であるからこそできるであろう「眠っている兄の可能性」をみつけて社会の中でうまく適応してゆけるような手助けをしてゆきたいと思っています。

 


 

このあと、会場からたくさんの質問を受けました。
みなさんありがとうございました。このフォーラムは年々拡大してきています。ダウン症本人が参加してのパフォーマンスなど、さまざまな趣向をこらした内容になっています。それはとても微笑ましいものですが、私としてはこのようなパフォーマンスさえできないダウン症者もいるということを認識しておく必要もあるのではないかと考えています。すべてのダウン症児・者が親が望む「普通の生活」をすることで幸せなのかどうか、原点に戻って考えることも必要なのではないでしょうか?障害者の中でもできる者とできない者がおり、同じ障害でも差別は生まれてきます。それを少しでも軽減できるように両者の存在を肯定してゆくフォーラムを期待します。